
*Photo; Firenze, Italy
移動する距離によって、Macを開いたり、メモ帳をにらんだり、はたまたオフィスを出る際に慌ただしくまとめた情報スクラップをめくったり、ということが長らくの習慣になっていました。
最近こうした状況の中でも少しずつ - できる限り万全の注意をして - 移動することが増えてきています。少し長い距離の移動を久しぶりにすることになったある日、意識していなかったのですが、ふと気がついたら車窓から流れる景色をずっと眺めていました。
ああ、子どもの頃も、バッグ一つ抱えてひとりで深夜列車に乗っていた学生時代も、飽きもせず外を見ていたなああ、なんて思い出してちょっと苦笑い。それで、仕事をすることを諦めてずっと外を眺めていました。
仕事をすることを諦めてなんて言いながら、景色の中にあるロゴマーク、広告、コピー、色づかいなどをいちいちチェックしている自分に気がついて、また苦笑い。
でも街の様子、街を行く人々の様子、後方に過ぎ去るキラキラと光る田畑や木々の緑を眺めていると、今まで見落としていたものがたくさんあったのだろうなあ、なんて気持ちになったりもしました。きっとそれも、この状況からの贈りものなんでしょう。
たくさんのものを見る。たのしむ。その瞬間の発見を大切にする。そうしたことの積み重ねが、いい提案につながるんだ。そうした基本を思い出しました。
写真はフィレンツェの街をゆっくりと歩く僧の後ろ姿を撮らせていただいたものです。どれだけの景色と言葉と思いとが、その背中に染み込んでいたのでしょう。そこだけが独立した宇宙のような雰囲気を纏って、ゆっくりと石畳の街の中に消えて行きました。