
*Photo; Almani Silos, Milan
駆け出しの頃にご一緒した、日本グラフィックデザイン界の巨匠の「私の仕事の半分はクライアントのため。そして、残りの半分は日本の生活者のエデュケーション(教育)だと思っている」という言葉は、今もボクのなかにずっしりと残っています。
やもすれば誤解を招く物言いなのかもしれませんが、考えてみれば、クレヨンで画用紙にデタラメな線を描きなぐっていた子供たちがピカソを観て「絵画って、こんなことができるんだ!」と視界が広がる。あるいはビートルズを聴いて「音楽って、こんな気持ちにさせてくれるんだ!」と背筋が痺れる思いをして、もっと色々な音楽に触れてみたい、自分も作ってみたい!と考え、行動する。そんな気づきと衝動によって芸術って進化していきます。
生活も一緒だ、と巨匠は言いました。「これでもいいんだ」というデザインばかりに囲まれて生きているよりも、デザインひとつでこんなにも毎日を豊かに感じることができるんだ、という“気づき”を与えていくのも、私たちクリエイターの仕事なんだよ、と教えてくれたのです。
現状追認だけでは進化がありません。これは一体何なんだ?という違和感と共に、視界を広げる手伝いをする。生活を、社会を豊かにする仕事。そうかあ、クリエイティブの仕事ってなんてすげぇんだ!と感じ入りました。
今、世界の情勢の中で、勇気ある決断をしている経営者の方々がいます。特定の地域から「人権を守るために」ビジネスを引きあげる、あるいは中止する。これは、傍にいるものがとやかく言うことができないくらい、大変な決断だと思います。
これもやはり駆け出しの頃の話。富士フィルムさんの海外事業をお手伝いをしていました。日本人の姿なんてどこを探しても見当たらない、どころか日本語も、英語すら通じない土地のショップに掲げられた富士フィルムの看板をみて、ボクは泣きそうになりました。こんな遠くにまで、ブランドを広げようとして来た先達のみなさんがいたんだなあ、って。
外部エージェントのボクですらこんな思いをしたのですから、海外の地でビジネスを展開されてきた方々の想いと勇気には、常に大きな敬意を払います。資本があれば達成できるものではありません。そこには、現地へ実際に出向き、現地の人々と心を通わせ、道を拓いたリアルな人間の熱量があります。
一度その道を閉ざしてしまうと、再び開くことは決して簡単ではありません。
それでも、「人の命のために。人権のために。今行われていることを、人として看過できない」と決断をした多くの経営者の方々。
かつて、この騒乱が起きる以前に、「長らく政治に経済を人質に取られてきました。これからは、人間の未来を本当に見据えた経営者たちが社会を牽引していく時代が来ることを期待する」と書きました。
こんな時代ですが、ボクはそこに希望の小さな灯りを見ています。
ビジネスとは今、利益や雇用を生み出すことと同時に、あるいはそれ以上に未来の社会をつくる役割と責任を担っているのです。
「資材や人材の供給が不安定になっているから」と、彼の地でのビジネスを休止すると説明する企業へは、「早く供給ができるようになるといいですね」としか言いようがないですが。
写真は前回同様、数年前に訪れた、ミラノにあるアルマーニのアーカイブの建物内です。この階段を登れば、知的で美しい世界が溢れていました。世界がそうありますように。